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植物との共生
 
 
人間は古来より植物と共に暮らしてきた。
 
 
世界各地、その土地に生きる植物達をベースとして、環境に合った生活スタイルを考えし、価値を創造し文明を発展させてきた事は誰もが理解しうる事実である。
 
そこで今一度 我々の生活における植物の恩恵を考えてみたい。
 
豊富な森林によって産み出される濃度の濃い奇麗な空気、腐葉土や複雑な根を通り時間をかけて濾過され養分の多い山々から湧き出る純粋な水は、樹木があるからこその恵みである。
それらを栄養にして収穫される米や麦、新鮮な野菜類、爛漫たる花々の後に実を付ける果実も全て植物である。又、趣向品である珈琲や煙草、酒類も植物が原材料だということを忘れてはならないであろう。
 
『環境の危機』が唱えられて久しいが、戦後の動乱期・高度経済成長期・バブル期を通過し現在に至るまで様々な状況が変化してきた。 
利益のみを追求した大量生産・大量消費、使い捨て飽食の時代、車から排出される排気ガス、飛び交う携帯電話からの電波、ビルの外から吐き出される室外機からの熱風。更に、森林伐採や公害問題をうけて『我々人間の手で植物を守っていこう』と声高々に叫ぶ人々。
快適でより良い暮らしを追求し、新しいライフスタイルを創造していく態度を否定する者ではないし、言葉尻だけをつかまえて論争するつもりもないが、只、個人的に今一つ腑に落ちない思いがあることは否めない実感である。
 
《足るを知る者は富む》と老子は説いた。常々思っているのだが、質素と貧素というのは基本的に違うものである。例えば、何かひとつ買うときでも、本当に自分が必要なのか、大切に長く使う事ができるのか、流行や周りの意見に流されていないか、自分の身につけるモノやインテリア、家具、体に入る食べ物を選ぶ時に本物志向で選び生活する事、これが質素(質の良い素=物)な暮らしの本当の意味であろう。
自分の大切なものを大事にし、良いものを選んでシンプルな暮らしをするという事ではないだろうか。
 
このような視点から植物を見てみると、学ばなければならない事が沢山あることに気づかされる。今生きている場所にしっかりと根を張り、他者と共生しながらも決して迎合することなく生きている植物。踏まれても葉を伸ばす草の精悍さに勇気をもらい、道端に咲く小さな花の強さに希望をもらい、樹齢を重ね神々しく聳え立つ大樹の美しさにエネルギーをもらう。彼らは本当に必要なものをわきまえている。
植物との共生とは身の回りのあらゆる所に植物の存在を感じるという事である。
 
激変していく時代の中、我々人間は、『植物を守って行く』という思考を支える思考として植物に守られ支えられている』という根本を忘れてはならない。 
 
 

                                  文・今野カズオ
 
 

 


 植物との共生 Ⅱ
 
 
現在、我々が生きる21世紀は植物の世紀とも言われている。
 
20世紀後半になって悪化した環境汚染。それに伴った様々な自然環境の損失。
人口増加による食料危機問題。それら世界的な規模で発生している諸問題に対し、近年著しく発展している環境学における専門家達の科学的エビデンス(証拠)に基づいた有効的な問題緩和手段として、植物の存在が改めてクローズアップされてきているのが冒頭の所以である。
 
都市化が進んだ近代になり、都市空間における植栽植物の重要性、森林浴効果を期待した自然療法、環境心理学等々、植物・自然を介在した様々な精神的側面からのアクションも行なわれている昨今、専門的に関わる人々の意識は大いに高まりを見せている。
 
しかし、日々を懸命に生きている人々に植物と日常の係わり合いを問いてみても、空気や石ころ同様きわめて当たり前に、近くにある存在であり、彼らがわれわれの暮らしにどのような恩恵を与えているかなどどいう所まで考えている人は決して多くはないだろう。
 
 
 僕は仕事柄、毎日植物と過ごしている。その命を扱う責任を日々考えている。
 
そんな日々の中で、時折ふと感じる事がある。それは〈植物は一瞬を生きている。〉と言う事だ。自由に動く事の出来ない植物は、時差的余裕が生まれない。だからこそ瞬間を生きなければならないのでは、と強く思うのである。
 
我々人類がより良い発展をして行こうと願う時、いやまして足下の今を見つめなければならないのではないかと感じる。
更に、植物との共生を考えた時、我々人間は植物の生き方からから学ばなければならない数多くの事があるのではないかと切に考えている。             
 
 
 
ここで、英国の歴史学者アーノルド・トインビーの言葉を引用したい。
 
〈生の最中、我々は死の中にいる。誕生の瞬間から常に人間は、いつ死ぬかわからない可能性がある・そして、この可能性は必然的に遅かれ早かれ既成事実になる。理想的にはすべての人間が人生の一瞬一瞬を、次の瞬間が最後の瞬間となるかのように生きなければならない〉『歴史の研究』より
 
 
2014年6月12日米科学誌プロスワンに発表された、我が国有数の植物学者を総動員した共同研究によれば100年後迄に日本列島の植物370〜561種の絶滅が起こる可能性があるとの研究報告がなされた。
 
 

                            文・今野カズオ

 


植物との共生 Ⅲ
 
 
毎日植物と共に生活をしていると段々と植物思考になってきているような気がします。

植物思考とは、変化・共生・多様の3つの角度から物事を考えると言う事。

変化を求めるけど移り気ではなく、共生をするけど迎合はしない。様々な方向に多様に行動するけれど根はしっかり張っている。

生活の中に植物を取り入れ、そのエネルギーを感じることは身体的・精神的にもよい効果が期待できます。視覚疲労の回復、アルファ波の増幅による精神安定効果等々・・
 
植物思考は現代社会で生きる我々にとって楽しく生きるのに必要な要素がたくさん含まれていると考えています。
 
 
植物・博物学者 南方熊楠は語っています。
 
 
 宇宙万有は無尽なり。 ただし人すでに心あり。

 心ある以上は心の能うだけの楽しみを宇宙より取る。

 宇宙の幾分を化しておのれの心の楽しみとす。

 これを智と称することかと思う。

 訳)

 宇宙のしくみは無限で全ての事を知るのは不可能です。
 しかし、人は心というものをもっている。
 我々人間には心があるのだから、自分が心から納得をする素敵な楽しみを知ることに

 価値があるのです。
 自分の心が楽しくなることを宇宙の流れから学ぶ。

 物事を理解する能力というのはこういうことなのだと思います。
 
 
 
自然と交流しながら一体化した豊かな文化を作り上げて来た東北の先人達の思いを感じ、身近にいる植物達のエネルギーを受け入れた植物思考で、今いる環境や日常の何気ないひとときに楽しみを見いだしていきたいものです。
 

                            文・今野カズオ

 
 
 


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